仕事はある。人がいない。それでも会社は倒産する ~鳶工事業の倒産増加から考える、人手不足時代の経営~
建設業界では、需要が存在しているにもかかわらず、事業継続が困難になる企業が増えています。
その状況が顕著に表れているのが、鳶工事業です。
東京商工リサーチによると、2026年1~8月の鳶工事業の倒産は110件となり、前年同期比26.4%増加しました。
1~8月として100件を超えたのは16年ぶりで、年間では過去最多となる可能性も指摘されています。
一方、鳶職の有効求人倍率は7.3倍と高い水準にあります。
これは現在起きているのは単純な「仕事が減ったことによる倒産」だけではないということです。
人手不足が採用部門だけの問題ではなく、企業経営そのものに影響する段階に入っています。
人がいなければ仕事があっても受注できない
一般的に、企業経営では仕事が増えることはプラスに捉えられます。
しかし、建設業のように人の技能や作業によって成り立つ事業では、受注量を増やすためには、それに対応できる人員が必要です。
特に鳶職は、建設現場の足場組立や鉄骨工事などを担う専門職です。
単純に採用人数を増やせば解決する仕事ではなく、安全管理を含めた知識や経験も必要になります。
そのため、人材が不足すると、
- 受注できる案件が限られる
- 既存社員の負担が増加する
- 外注費や人件費が上昇する
- 工期への対応が難しくなる
といった問題が発生します。
売上を増やす機会があっても、それを実行するための人材がいなければ事業を拡大できません。
人材確保が企業の供給能力を決める状況になっていると考えられます。
人手不足はコスト上昇にもつながる
人材不足のもう一つの問題が、人件費の上昇です。
人を確保するためには、給与や待遇の改善が必要になります。
また、自社で人員を確保できなければ、外部の職人や協力会社への依存度も高くなります。
一方で、人件費や外注費の上昇分を、そのまま受注価格へ転嫁できるとは限りません。
その結果、「仕事はあるが利益が残らない」という状況が生まれます。
実際、建設業では人件費だけでなく、資材価格、燃料費、物流費など複数のコストが上昇しています。
受注量だけを見れば事業環境は悪くなくても、利益率や資金繰りまで含めると経営が厳しくなる企業が出てきます。
人手不足倒産は、単純な採用人数の問題ではなく、事業の収益構造とも密接に関係しています。
採用してもすぐに戦力になるわけではない
特に技能職で重要になるのが、人材育成です。
経験のない人を採用しても、すぐに熟練者と同じ仕事ができるわけではありません。
現場で経験を積み、安全管理や作業方法を学びながら、徐々に担当できる仕事を増やしていく必要があります。
そのため、「人が足りなくなってから採用する」という対応では間に合わない場合があります。
ベテラン社員が退職する数年前から若手を採用し、技能を継承していかなければ、人数だけではなく技能そのものが不足します。
これは鳶職に限った問題ではありません。
製造、運送、整備、介護など、経験や資格、技能が必要な仕事では同じ課題が発生します。
マニュアル整備や社内の組織風土など、どのように人材を適応させるかが重要な要素となります。
人員計画と育成計画を分けずに考える必要があります。
若手が入らなければ技能継承も止まる
人手不足が長期化すると、もう一つの問題が発生します。
技能継承です。
ベテラン社員が持っている知識や技術は、マニュアルだけですべて伝えられるものではありません。
現場で一緒に仕事をしながら、どこに危険があるのか、どの順番で作業するのか、トラブルが起きたときにどう判断するのか、といった経験を次世代へ伝える必要があります。
しかし、若手社員が採用できなければ、その技能を引き継ぐ相手そのものがいなくなります。
さらに、人手不足によって現場が忙しくなるほど、ベテラン社員も日々の業務を優先せざるを得ず、若手を教育する時間を確保しにくくなります。
人手不足が人材育成を難しくし、人材育成が進まないことで、さらに人手不足が深刻になる。
この循環をどこかで止める必要があります。
「採用できない」で終わらせない
人手不足というと、求人広告、給与、採用手法などに議論が集中しがちです。
しかし、人材そのものが減少している市場では、採用方法を変えるだけで十分とは限りません。
- 若手が達成感が感じられる職場環境をつくる
- 業務を標準化する
- ベテランの技能を組織内で共有する
- デジタル化や設備投資によって必要人数を減らす
- 外国人材やシニア人材など採用対象を広げる
- 人員不足を前提として受注や事業規模を管理する
といった複数の対応が必要になります。
採用部門だけで解決するのではなく、経営課題として人材不足を捉えることが重要です。
人材不足を前提に経営を考える
これまで企業の人員計画は、「事業を拡大するために何人採用するか」という考え方が中心でした。
しかし今後は、「採用できる人数を前提として、どのように事業を運営するか」という逆方向の発想も必要になるでしょう。
10人必要な業務を10人採用して対応するのではなく、AIや設備投資によって8人で対応できないかを検討するのも一つの手法です。
また、すべての案件を受注するのではなく、人員と利益率を考慮して受注案件を選択を行い、現在の人員数だけではなく、3年後、5年後の年齢構成や退職可能性まで考慮して採用・育成を行うことです。
人手不足が一時的な現象ではないのであれば、企業経営の前提そのものを変更する必要があります。
まとめ
鳶工事業の倒産増加は、人手不足時代の企業経営を考えるうえで象徴的な事例です。
仕事があれば会社が存続できるとは限りません。
- 仕事を受ける人材、その人材を育成し、技能を次世代へ継承できること
- またその中で人件費を含めた適正な利益を確保できること
これらが揃って初めて、事業を継続することができます。
特に人材の確保が難しい業界では、採用を人事部門だけの業務として捉えることが難しくなっています。
「人が採れない」という問題は、「会社をどのように継続するか」という経営問題です。
鳶工事業で起きている状況は、建設業だけの特殊な問題ではありません。
今後、人材不足がさらに進めば、製造、物流、介護、サービス業など、多くの業界で同様の課題が顕在化する可能性があります。
企業には、人が不足してから採用を強化するのではなく、採用・育成・定着・技能継承・業務効率化を一体として考える人材戦略が、これまで以上に求められています。
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